帰国「船でみつけた宝物はなんですか?」
10月26日:下船説明会
出発のときは、宅急便が各自の船室まで荷物を運んでくれるので、手ぶらでチェックインできた。帰りは税関検査があるので、自分の荷物は自分で運ばなければならない。
従って、例えば、ハワイで下船してゆっくり過ごそうと思ったら、スーツケース一つで乗らないと、いくつものダンボールと一緒に船から降ろされることになる。
Nちゃんというお孫さんと一緒だったMさんは、ハワイで大きめのスーツケース一つを引張りながら下船していた。最初から計画していたのだろう。それにしても、よく長旅をスーツケース一つで生活したものだ。
10月27日:船長によるさよならパーティ
オフィサーだけでなく、厨房スタッフ、ハウスキーパーなど全員を紹介した。みんなで拍手して、長旅を支えてくれた裏方さんへの感謝の気持ちを表わした。毎日のようにご飯だけを炊いている20代の若者は、日本人だった。
食材購入担当者も大事な仕事だ。寄港地ごとに地元の業者に食材を発注している。例えば、卵は約1万個、キャベツなどの野菜は100キロから1トン。インターネットで常に卸し業者を探しているという。
インドネシア人のウェイターに、教えてもらったタカログ語で「ありがとうとう」(「マラミサラミ」)というと、笑い顔がもどってきた。どうやら通じたらしい。
あと数日で元気に旅を終えられそうだ。みんなの顔に安堵感がただよう。乾杯でお互いの健闘をたたえあい、再会を約束する。100日前に期待していたことが達成されたかどうか、などはこの際関係ない。ただ元気なのが、なによりのみやげだと思う。
10月29日:帰国「船でみつけた宝物はなんですか?」
100人アンケートの結果は、43人が「仲間:一生付き合いたい仲間ができた」7人が「貴重な体験:寄港地で偶然友達になった人が家に招いてくれた」5人が「新しい自分:自分のことをオープンに話すようになった」だった。
私の場合は、「新しい自分」だと思う。「敬子(ゆきこ)と愛のチェロ」を企画したKさんの話が、私に対する「生きている間に奥さんを大事にしなさい」というメッセージだったのかも知れない、と考えるようになった。
印象に残った寄港地は?というアンケートにクロオチアがトップだった。私もクロオチアなので、みんな似たような印象をもったのだと思う。ただ、その理由の中には「山からの夕日」の他に「生きているって思った」というおもしろい感想があった。
10月29日7:30横浜に入港。横浜で下船する500人近い人の荷物の搬出も大仕事。午後2時ごろやっと帰宅。出発前から約束していたので、早速床屋に3ヶ月のばした髪の毛を見せに行く。デジカメで髪ののびた様子を撮ってもらう。
よる8時すぎにはウォークマンをつけて散歩。妻いわく「3ヶ月で少しは変わると思ったけど、出かける前と少しも変わっていないじゃない」
このシリーズは、今回で終わりですが、「団塊世代100日間世界一周の船旅-定年後のリフレッシュ」(多田 稔著)として文芸社から出版されます。書店でご覧いただければ幸いです。7月初めより店頭に並びます。お読みいただき誠にありがとうございます。
多田 稔

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