9月15日:カナリア諸島、エコ・トレッキング
9月15日:カナリア諸島、エコ・トレッキング
イベリア半島から1840キロメートル離れた、北回帰線のやや北、北緯28度にある。北大西洋上に浮かぶ「常春の楽園」「大西洋のハワイ」と呼ばれる。火山島で地質学的にも特色があり、起伏が激しくバラエティーに富む自然環境に恵まれている。
平均気温は夏24℃、冬17℃と冬でも暖かい。乾燥した気候と美しい海岸のため、年間を通じてヨーロッパ中から人が訪れる、格好のリゾート地。スペインの自治州の1つなので、海の上では西に進んでいるのに、時差を一時間逆に戻すことになる。逆時差といわれる。
トレッキングしたロケ・ヌブロ(Roque Nublo)までは、途中の2回の休憩を含めて一時間弱の初心者向けコースだった。空は抜けるようなフレンチ・ウルトラ・マリーン色。
ロケ・ヌブロの登り口に露天の店が出ていた。サボテンの実とアーモンドのパックとラム酒を買う。ラム酒は試飲したらすごく甘かった。
サボテンの実は初体験。いちじくの感じで少し甘い。帰りのバスの中から、山の斜面にいっぱい実をつけているサボテンをカメラにおさめる。走りながらシャッターを切ったので、10枚目くらいにようやく満足のいく写真が撮れた。撮ってすぐ出来具合を見られるので、デジカメは便利だ。
ロケ・ヌブロへ行く途中ランザロート(Lanzarote)という村があった。ここは昔こういう名前の島が、噴火により水没したときに、その島の住人がこのグラン・カナリア島に逃げてきて作った村だという。大島の噴火で東京に分散して避難していた人が、「大島町」を作ったようなものだ。
このとき現地ガイドさんから「日本の富士山も昔噴火したのですよね。いつが最後の噴火でしたか?」と聞かれた。バスに乗り合わせた30名のツアー客は、誰も答えられなかった。日本のことも勉強しなければと反省しきり。
ロケ・ヌブロの頂上まで、空の色はぬけるような、絵の具では表現できない色。マリーンブルー、それとも、フレンチ・ウルトラ・マリーンブルー?
アメリカのグランド・キャニオンには及ばないが、すばらしい景観だった。眼下に広がる小さな村はグランド・キャニオンとは異なる雰囲気で、村の家々が見える。いかにもこれがトレッキングという実感を楽しんだ。
雲が目の前を移動していく様は、雲の上の人になった気分。ハワイ島だったか、山頂にバスで登り、そこで撮ったパノラマ写真が、我が家の居間の壁に色あせて残っている。
ハワイと違い、眼下の景色がツヅラおりの道と、オレンジ色の家並みと段々畑が素朴な島の生活を想像させる。
9月17日:ディズニー・ランドの舞台裏
ディズニー・ランドに働いていたTさんが「ディズニーの舞台裏」という企画で話してくれた。ディズニー・シーの建設にたずさわられて、日米の習慣・考え方の差を調整するのに苦労されたとか。
例えば、照明の明るさの基準が、アメリカは日本より暗い。その原因が「ひとみ」の違いにある。アメリカのひとみは、青い色をしていて、明るい光に弱いという。なるほど、アメリカのレストランや家庭の証明は、間接照明が多くうす暗い。メニューも読めない。
「香港のディズニー・ランドが成功しなかった原因は何ですか」と質問したら「地元の中国人のマナー悪く、暑いので裸で見物するとか、歩きながら食べるとか、外人の評判が悪かったからだと思います」という。今は人気も回復していると。
「ミッキーは何人いるのですか?」という意地悪な質問に「いちばん多い質問なのですが、これは企業秘密なので答えられません」と。
9月18日:「しゃべり場 仕事白書」
これはピースボート事務局の企画で、若者たちが多く乗っているので、ピースボートうってつけの良いテーマだ。関心のあるテーマなのか、100人近い老若男女が集った。
休憩をはさんで3時間半という長時間にもかかわらず、活発な議論が交わされた。ただ、大きなテーマなので、結論は出なかった。
若者の中には「自分は今フリーターです。親に食べさせてもらっています。将来は、子供に食べさせてもらいます」という、笑いを取るためとしか考えられない発言もあった。これを除いてはまじめに悩んだ時間だった。
「自分で何が出来るかを考え、仕事に必要な知識・スキルを身につけることが大事。そのための勉強は最低条件。企業は競争しているから、能力・経験のある人材を求める」と今更ながらの話が必要だった。
「友達が作れないくらい夜遅くまでやっても、家賃月5万円を払ってギリギリの生活でした。帰国後も仕事のあてはありません。不安でいっぱいです」という、30代の女性の悲痛な訴えには答えがなかった。
20歳代が40%乗っているこの船は、日本の縮図のようだ。「自分の好きなことをしたい」というだけで、何も努力していない。いつまで今の状態を続けられると思っているのか?早く「親はいつまでも生きていないのだ」という事に気づいて欲しいものだ。
私が、中学生の息子たちに「親はいないと思え」と言ったのは、息子たちにどう受け止められたのだろうか。その後「『親はいないと思え』という割には、いつもうるさいよね」と言っていた二人も今はもう30歳後半だ。

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