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2007年3月30日 (金)

第六章 ジャマイカからグアテマラまで・・・パナマ運河

第六章 ジャマイカからグアテマラまで・・・パナマ運河
9月25日:ジャマイカ
 トパーズ号が着岸したところから150メートルくらいのところに、シュノーケリングに行く双胴船(タカマラン)が待っていた。総勢100名近くが2船に分かれて乗船。シュノーケリングのポイントまで50分。屋根がついていなかったので、南国の真夏の強い日差しがきつかった。帆の陰を求めて移動。
船長が舵を取っているそばに、ほら貝があったので皆で吹いてみる。「スースー」という音しか出ない。見かねた黒光りした船長が吹くと、ハワイのディナーショーの前に合図として吹くような「ブオー」というたくましい音色となるから不思議だ。

 途中イルカが船を追うように泳いでくる。数頭はいた。あわててDVDとデジカメを取り出す。揺れるのでフラフラして良い写真が取れない。DVDをトパーズ号に戻って編集したら、ほんの数秒間だけイルカが写っていた。あの状態では精一杯。よしとしよう。

紺碧色の海でシュノーケリングが出来て大満足。熱帯魚のような、色鮮やかな魚に目をこらす。日焼けも気にせず海に浮かんでのんびり過ごす。
ところが「こんな海はたいしたことないわ。OOの方が珊瑚もきれいだった」という声が聞こえてくる。せっかく人が楽しんでいるのに。
ポンペイの博物館でも「OOの美術品と比べたら、たいしたことはないわ」という参加者がいた。こうした発言をする人はどこにもいるものだ。たとえそう思っても口にしないことが礼儀。「他人のふり見て我がふり直せ」の諺どおり、自戒の念をもって聞いていた。

9月28日~29日:パナマ運河
パナマ運河の大西洋側の入り口は、コロンという都市。その名前のいわれは、アメリカ大陸を発見したクリストファー・コロンブスにあるという(注)。世界で第二の自由貿易の都市だそうだ。
完成に至るまでには、紆余曲折があったようだ。フランスが最初に建設に挑戦したが失敗。その原因は黄熱病・マラリア対策を誤ったという。フランス政府はアリがこれらの病気の媒体と思い込み病院に水をまいたが当然効果はなかった。建設の犠牲者約30,000人の大半は病死だと言われている。後にアメリカが引き継いで、正式に開通したのは1914年だそうだ。
(注)スペインの方から見れば発見だが、ラテンアメリカから見ると侵略だという見方があり、メキシコやコロンビアから参加した通訳の人は、侵略の側面を強調していた。

パナマ運河を通過する船の数は1.2万隻弱、貨物で年間2.5億トン。1日30隻の計算になる。通行料は年間7億ドル弱というから、アメリカが手放したくなかったのはわかる。スエズ戦争も、スエズ運河の権益をめぐる戦いだった。

この運河の特徴は、閘門(こうもん)システムという特殊な仕掛けで、海抜26メートルの高さの山(実際にはガトゥン湖という湖)を、船が越えるところにある。閘門チェンバーという巾33.5メートル、長さ304.8メートルある巨大な鉄の箱に、通過する船舶を乗せて、その箱の中の水位を調節して箱から箱へと移していく。詳しくは、運河庁のウェブサイト(注)で見られるからすごい時代だ。
この巾が通行可能な船の大きさを制限している。最大規模は、巾32.3メートル、喫水(水面より下の船体の深さ)12メートル、パーズ号の巾は27メートル、全長94.1メートルに規制されている。これが、いわゆるパナマックス・サイズといわれる。
(注)http://www.pancanal.com

運河を通過するのに、8~12時間かかるが、待機時間を含めると24時間かかっている。過去に最速で通過したのは、アメリカ海軍のホーバークラフトが1979年に2時間41分で通過したという。さすが海軍である。優先的に通したのだろう。

パナマの治安は非常に悪いらしく、政府は観光客のために、客船ターミナルにみやげ物屋とパナマの踊りを見せる、観光客専用スペースを整備している。不安全な街から隔離して、みやげ物を買える場所を作ったのである。
観光客から見ると大変便利で、スリなどの心配をしないで買い物が出来る。ただ、普通の人の生活を自分の眼で見たい、という観光客の期待にはそえていない。土着民が上半身裸、ボディ・ペインティング状態で、みやげ物屋に立っている姿は痛々しかった。稼ぎになるので連れてこられた、という雰囲気で彼らの目に生気が感じられなかった。 

パナマ運河では、ソベラニア公園へのエコツアーに参加した。ソベラニア公園は、パナマ運河のほぼ中央、コロンからバスで1.5時間の所に位置する熱帯雨林である。
我々がバスで船に帰ろうとした時に、しのをつく熱帯雨林特有の強いシャワーに見舞われた。我々はバスの中だったので幸い助かったが、30分くらい遅れてスタートした別のグループは、ずぶぬれだったに違いない。しかし、こんなシャワーもここでないと経験できない。

ツアーは、葉切りアリやトランペット・ツリーなど、他では見られないものを見られた。ただ、もう少しジャングル風の所かと期待していたが、パナマ運河建設当時に、工事用の道路として使用していた道を散策するにとどまった。
参加者の年齢層にも巾があるので仕方ないことと割り切る。

トランペット・ツリーと言うのは、通称「ナマケモノの木」。その理由は、この木の樹液が薬に使われ、その成分に麻薬的な効果がある。だからその薬を常用すると、ナマケモノのようになるから。
幹は空洞になっていて、たたくと硬い音色がトランペットのような音色がする。みんなで実際にたたいてみて納得する。参加者はみんな好奇心が旺盛だ。


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