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2007年3月14日 (水)

(サグラダ・ファミリア)

(カサ・ミラ)
ガウディが設計したカサ・ミラを外から見学した。カサ・ミラはミラさんの家(カサ)という意味だそうだ。約400坪の6階建てマンションを思い浮かべてもらえばよい。その頃は家主が2階に住み他のスペースは他人に売っていたが、家全体の名前は家主の名前をつけた。
ミラさんの奥さんは、ガウディがデザインした、二階の自宅の家具・内装が気に入らなかったらしい。そこで1926年にガウディが死ぬと、翌1927年には家具・内装を全部取り替えてしまった。 
 歴史的にみて残念なことだ、とガイドが嘆いていた。ガウディのデザインした家具の一部は、ガウディ博物館に展示されていた。独特の曲線は、人により好き嫌いがあるのではないかと思った。イスなどはうねりの部分が片付けるのに邪魔で、普通のイスに比べたら余分なスペースがいると思う。ミラさんの奥さんが気に入らなかったというのも理解できる。

(サグラダ・ファミリア)
 サグラダ・ファミリア(聖家族教会)聖堂では人ごみも多く、時間も少なかったのであまり印象に残った話はない。1882年、フランシスコ・デ・ビリヤルが計画に着手。翌年、若干31才のガウディが2代目聖堂建築家に就任、以後43年間の人生をすべて聖堂造りに費やした。
 彼の構想では、聖堂の外側にイエスの「生誕」「受難」「栄光」の3つのファサード(正面)が建ち、各ファサードは4本ずつの鐘塔をもつ。計12本の塔は、それぞれ使徒を意味する。また、4人の福音書家を表す4本の鐘塔の交差の上部に、イエスとマリアに捧げる中央塔が建てられ、計18本の塔がそびえる壮大な教会である。

 完成しているのは、地下聖堂と後陣、「誕生」「受難」のファサード、8本の鐘塔のみ。ガウディの死後も工事は続けられ、100年後の完成と言われている。100年後の完成というと気の長い話のように聞こえるが、すぐ近くにあるカテドラル教会は、建立までに400年以上かかっているそうだ。
サグラダ・ファミリアに関して重要なことは、ガウディの残したオリジナルの設計図・模型等は全て無くなってしまっているということ(注)。よって、今作っている部分の細かいデザインは、現在手がけている建築家・彫刻家の腕に依るところが大きいそうだ。
ガウディ自身が手がけた「生誕のファサード」が参考になっていることは間違いない。ガウディにとっては、細かいデザインなど、自分の意の通りになっていなくても何ら問題ないのかもしない。
(注)帰国後「田中裕也さんは、ガウディが図面を描いていなかったことを知った。そこで自ら世界遺産に指定された、5つの設計図を描いたところ、その功績が認められて、ガウディの故郷に広場を設計することになった」という記事が目に留まった(朝日新聞2006-11-20)。

三重県志摩市にあるスペイン村のような、みやげ物屋の集まった場所がある。いつもの自由行動で皆買い物ざんまい。夕方食事のあと、フラメンコの踊りがセットでついていた。
本場のタブラオ(踊りの店)でのフラメンコに一同酔いしれる。約2時間たっぷり楽しんだ。東京で見たより迫力を感じた。観光客の情熱的な拍手・歓声に踊り子も刺激されるのではないかと思う。

「フラメンコはスペイン南部の文化で、バルセロナを始めスペイン北部にはフラメンコは根付いていない」と旅行案内書にあった。ただ、バルセロナはスペイン北部でも圧倒的に観光客が多く、アンダルシア出身の住民も多いことから、タブラオが街中にあるということらしい。これも一観光客にはどうでも良いことで踊りを楽しめばそれで十分。

9月10日:運動会のチーム集まれ
 船内は運動会の準備で忙しくなってきた。東京は長野県や富山県と一緒のグループとなる。グループごとに応援合戦もある。その準備に東京の人は10人くらいしか集まらず、もうひとつ盛り上がらない。
地方の人のほうが結束が固い。人数が少ないからまとまりやすいのかも知れない。参加することに意義があるのに、もったいない。

 参加した人は大声で「さん!さん!七拍子」と叫ぶ。となりの部屋からも元気な声が聞こえてくる。リーダーは「青組に負けないように頑張りましょう!」と必死だ。小学校で声をからして応援したのが脳をよぎる。そう言えば応援が好きだった。

9月11日:「9.11」を振り返って
 5年前にニューヨークで起きた、同時多発テロを振り返る企画があった。フランスの哲学者ジャン・ポートリアールの言葉を引用して「多発テロを実行したのは彼らだが、それを望んだのは我々だ」
 「冷戦後は、アメリカの『一人勝ち』だった。強力な軍事力、経済力をもって、アメリカの理想を世界に広げようとし続けてきた。これによりもたらされたものが、多発テロだ」という主張だ。

 大筋理解もし、同意する部分もあるが、フランス人のアメリカ嫌いの臭いも多少感じられる。今後もアメリカだけでなく、EUの動きにも目を離せない。


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