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2007年2月16日 (金)

船内で出会った人たち・・・つづき

船内で出会った人たち・・・つづき
週一回ビデオショーと称して、その週に船内で起きたいろいろな出来事を紹介するプログラムがある。通称「ハヤリー」と呼ばれている17才の男の子がインタビューされていた。
彼は舞台に引き出されて、自分の映っていたビデオの感想を聞かれると、顔をおおって恥ずかしがっていた。中学時代にいじめを受け、親の勧めでピースボートに乗ったという。

「命をもらった親を殺す、という記事を見るとやりきれない。楽しく過ごすことが平和だと思う。船に乗って、本当の自分が見えてきたように思えてうれしい。いい自分になることを目指したい」と感想をもらしていた。
このハヤリーとは8階のトレーニング・ジムでの顔なじみ。「ビデオショー良かったね」と声をかけると「いい経験をしています」という返事が返ってきてホッとする。

もっとも、ハヤリーの場合はただ単に「親に行ってこいといわれたから、ピースボートに乗った」というのだから、まだ旅の持つ意味を分かっていない。日本に帰るまでに気がつくかどうか。

日本に帰ってから、この話を聞いた50代の友人は「そんな若者たちがいるから、日本は良くならない。それどころか将来が心配だ」と。私も全く同感で、私と同世代の人々と「なげかわしい。どうしたらよいだろう。是非若者たちと交流したいものだ」と言いながら、そのチャンスはあまりなかった。

(ゆうゆう定年後を楽しむ人々)
66才退職1年目のMさんは、旧都銀出身者で大変な勉強家だ。パナマ運河通過までに、放送大学のレポートを提出しなければならない。ハワイには留守番をされている奥様から、次のレポート用の教科書が数冊届くことになっているので、帰る前に読み終わらないといけないという。放送大学は2年目で、今は「EU論」の勉強をしているそうだ。
一眼レフのデジカメを持参されていた。デジカメなので撮ったらすぐ出来ばえを見て、いろいろな構図で撮られていた。きっとカメラ歴は長いのだろう。帰って写真展を開かれたらどうですか、と勧める。観光地でMさんに写真をたくさん撮ってもらった。この機会をお借りしてお礼を申し上げたい。(2007年2月MさんとUさんと久しぶりに再会し、昼食をとりながら旅行の思い出話に時間の経つのも忘れた。こうした新しい友人も今回の旅の大事な副産物だ。)

Hさん(60才(注))は姉妹で乗っていて、オプショナルツアーも一緒で楽しそうだ。Hさん姉妹は、私のおやじギャグを分かってくれて、食事時の話し相手(聞き役?)になってくれた。
時々どちらか一人で食事をしているので「お姉さんはどうされたのですか」と尋ねると、「船酔いで寝ています」と。また別々の講座に出たりするので、必ずしも終始一緒という訳ではないようだ。数組の姉妹が乗っているという。兄弟は聞かない。
(注)船内で還暦のお祝いをしたので、この年令は確かだ。

Iさん(70才くらい)のお姉さんは、船が嫌いなので一緒に乗らなかったという。クロアチアの自由行動で一緒になり、城壁の下で泳いでいるあいだ荷物を見てくれた。
「私の姉はお金持ちだけれど、どこにも旅行しないの。私は病気で医者にお金をかけるより、こうして旅行している方がよいと思う。参加して良かった」と。

(若者たち)
 25才のYさんは大学院生で、夏休みの延長でピースボートに乗ったという。クロアチアで下船。友人と二人でイタリアへフェリーで渡り、レンタカーでフランス、スペイン経由モロッコ(カサブランカ)で我々に合流した。ホテルは予約せず現地に着いてから探した。
ただ、車のトラブルはあったらしい。イタリアでは前のミラーを壊され、スペインではホテルの駐車場にとめておいたのに、レッカーされて警察に行ったり、大変だったとのこと。若くないと出来ないチャレンジだ。

20代後半の女性とテーブルが一緒になった。「沖縄出身なのですけど。ピースボートも乗るまでは、三線を見たこともありませんでした。自主企画の講座で勉強し、文化祭でみんなの前で弾けるようになりました。沖縄のお母さんに電話してこの話をしたら、とても喜んでくれました」という。いい話で。
自主企画には、素人が参加して、その成果を文化祭で発表する。ウクレレも人気講座の一つだ。中には、トランプ・マジックを水先案内人のプロから教わり、みんなの前で披露する人もいた。

20代の男の子に「旅行代金は、アルバイトでもして稼いだの?」と訊いたら
「おばちゃんが100万円貸してくれました」という。
「出世払いという言葉を知っている?ちゃんと返すのだよ」と諭すと
「わかりました」
「旅行の感想をおばあちゃんに報告している?」
「ハガキを出しています」
「そう。ときどき報告したら喜ばれるよ。君の体の中には、おばあちゃんのDNAが四分の一は入っているのだから、君の見ている景色をおばあちゃんも見ているのだと思うよ」

---次回は2月末 掲載予定です・・・

第四章 イスタンブールからナポリまで

第四章 イスタンブールからナポリまで
8月29日~30日:イスタンブール
ドルマバフチェ宮殿は、オスマン朝スルタン最後の居城だそうだ。海に向って建つ、緑豊かな庭園と贅をつくした造りの建物。ハーレムだった広間も見せてくれた。豪華な家具のかずかず。シャンデリアは5トンあるという説明だった。 
贅沢の裏に庶民の犠牲を感じた。イギリスやフランス、どこ国の宮殿や城も同じで、当時の為政者の力を誇示している。観光客は、つい目の前の豪華な家具や装飾品に、目を奪われてしまう。

 トルコ人は、日本人に親近感を持っているという。ピースボート参加者の数人から同じ印象の話を聞いた。そのうちの一人が「100年くらい前に、和歌山県の串本沖でトルコ人の乗った船が転覆し数百人死亡した。そのとき串本の人が多勢のトルコ人を助けた」という話が、トルコ人の間に言い伝えられているという。その他、トルコの敵のロシアに、日本が日露戦争で勝ったからだという説もある。
 
イスタンブールではベンツの車が目立った。トルコはドイツの経済圏にあるからだという。大勢のトルコ人がドイツに出稼ぎに行っているという。
日本でも出稼ぎの外国人労働者が増えているが、いずれ多数の外国人を受け入れることになるだろう。外国人とどう付き合うか、真剣に考えないといけない時期が近い。

8月31日:スリの被害
エジプト以降の寄港地で、すり・かっぱらいの被害の話題が多くなったようだ。要するに、日本人は狙われているということだ。
Kさんは、イスタンブールで財布をすられた。「このことだけでトルコが嫌いになった」と言っていた。私は幸い被害にあわなくてすんでいるが、話を聞いていると他人事ではない、と気を引き締める。
 
ローマの地下鉄に乗った三人が、それぞれ被害に遭っている。一人は小型カメラを目の前でひったくられそうになった。ひもをつけておいたので犯人はあきらめたらしい。二人目はかばんを鋭利な刃物で切られ財布を盗まれた。三人目は体の前に抱えていたウェストバックに新聞紙をかぶせられた。おかしなことをするな、と気づいたときには既に遅かったと。
 
スペインの百貨店では、レジで値切ろうとやりとりしている間に、腰の後ろにまわしていたポーチから財布を盗まれた。後で考えると店員がわざと注意をそらせていたのではないか。店員がスリと仲間ではないかと言っていた。
もっとも、日本に帰りパチンコ店の入り口に「ひったくり多発!」とあった。ローマやイスタンブールのことをとやかく言えないと思った。

9月1日:ギリシャ
一日という短時間の滞在だったこともあり、期待していたほどでなかった。ガイドの声が小さく聞こえなかったのも影響している。神話の話が多く「神話は日本に帰ってからでも勉強できる」と不満の声も出る。
靴のメーカー、ナイキのロゴがチェックの形をしているのは、天使の羽をイメージしたものだそうだ。英語でNike(ニケ)は勝利の女神だとか。

アクロポリスでは、ナップサックもバスに置いていかないと入場できない。他の観光地に比べて厳しい規制だった。また「昼食に時間がかかってもギリシャ時間と考え、せかさないで下さい。我々が手伝うと、ギリシャ人はプライドが高いので機嫌を損ないます」という説明が事前にあった。観光させてもらっている、という感じがした。

(「私は、心の傷を癒すために乗ったの」)
 屋上のデッキで、じっと海を眺めているシニアの女性に声をかけた。私の健康講座に出てくれた人らしく「ミノルさんの健康講座は面白かったわ。でも、私はこの船に心の傷を癒すために乗ったの。
だから次の健康講座は『こころの健康』について取り上げてほしいわ」という。初対面なのに、率直な話をしてくれて感謝の気持ちと、大胆な発言にびっくり。

 確かに、船旅の動機は人さまざまである。子供に「お母さん、今までの苦労のご褒美に行っていらっしゃい」と言われた、というほほえましいケースもある。中には、ご主人が亡くなられて直ぐに申し込んだという人もいた。女性は強い、と改めて思った。
 後日、このシニアの女性の要望どおり、「こころの健康」を開いた。特に、「うつ」と「ボケ」の問題について、みんなの意見を聞く会となった。

9月2日:船内で出会った人たち
 健康講座を開いている関係か、おなかをこわした顔見知りのKさんに「どうしたらよいでしょう?正露丸は飲んでいるのですが」と尋ねられた。「船医さんに診てもらうのが一番良いと思います」と素人判断はよくないと説明する。
「私の持参した薬でよろしかったらお使い下さい。売店で売っている抹茶入りくず湯も良いかもしれませんよ」とアドバイス。信頼関係がないとうっかりアドバイスはできない。

Kさん、通称「鴨ちゃん」には乗船してすぐ知り合った。Kさんは技術系らしくどっしりした感じの70才の紳士で、声を掛け合っている仲間の一人だ。にっぽん丸などにも乗船経験があり、船内では囲碁クラブの会長をしている。毎日10数人集まる人気プログラムだ。
社交ダンスも教えられるらしいが、80才の先輩が教えているので遠慮されているのか、囲碁に専念しておられた。GETプログラムにも参加しており、朝食にテーブルが一緒になると”Good Morning!”から始まって英語で食事。私も勉強になった。                                                                                                                                                                            

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